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17話 無償の優しさと、新たな一歩

Auteur: みみっく
last update Dernière mise à jour: 2025-08-04 07:00:59

「お前、普段の飯ってどうしてるんだ?」

 何気ない口調で尋ねると、少女の表情がわずかに曇った。箸を持つ手が止まり、視線が皿の上に落ちる。

「ん……? えっとぉ……今の家、居づらくて……逃げてきた。夜は、食べてない……」

「そっか~」

 ユウヤは、それ以上詮索することなく、静かに頷いた。少女の言葉に、どこか胸が締めつけられる。

「……家に戻れとか、言わないの?」

 少女がぽつりと尋ねた。ユウヤの反応が意外だったのか、少し訝しげな目を向けてくる。

「居づらいなら、仕方ないだろ~? 無理して戻っても、ツラいだけだろ?」

 いきなり家族を失って、知らない家に放り込まれたら、誰だって戸惑うだろう。ユウヤは、少女の気持ちを思いやった。

「お前って、料理はできるのか?」

 話題を変えるように尋ねると、少女は小さく首を振った。俯いた耳が、しょんぼりと垂れている。

「うぅ……できない……」

「掃除は?」

「むぅ……やったことない……」

「洗濯は?」

「はぅぅ……できない……ごめんなさいぃ……」

 少女は、できることが何もないことに気づき、申し訳なさそうに肩をすぼめた。その声は、今にも消えてしまいそうにか細い。

 ユウヤは、そんな彼女の姿を見て、ふっと笑った。

「じゃあ、これから覚えればいいじゃん。ゆっくりでいいからさ」

 少女の目が、ぱちりと瞬いた。驚きと、ほんの少しの安堵が、その瞳に浮かんでいた。

「は? あ、別にできなくてもいいんだけどさ。なんで謝るんだ?」

 ユウヤは、少女の反応に首をかしげた。責めるつもりなんてまったくなかった。ただ、純粋な疑問だった。

「え? だって……料理、食べたし。働かないと……でしょ?」

 少女は戸惑いながらも、どこか怯えるように答えた。まるで、自分の存在が迷惑だと信じ込んでいるかのように。

(あ~、そうなんだ。今までも、そうやって“食べさせてもらってる”って思ってたんだな……)

 ユウヤは、心の中で小さく息をついた。実のところ、自分も最初は似たようなことを考えていた。料理や洗濯をしてもらって、その代わりに食事と寝床を提供する――そんな“理由”をつければ、少女もここに居やすくなるんじゃないかと。

 でも、今の彼女の反応を見て、それが逆にプレッシャーになることもあるんだと気づいた。

(何もできなくても、本人がここにいたいと思うなら、それでいい。少しずつ、できることを増やしていけばいいんだ。そうすれば、きっと自分のためにもなる)

 ユウヤは、少女の考えに共感しつつ、自分の思いを言葉にした。

「まあ……ゆっくり覚えればいいし。ここに、一緒に住むか?」

 その一言に、少女は目を見開いた。まるで、信じられないものを見たかのように。

「え? いいの……!?」

「いいんじゃないか? もともと俺の家だったんだし」

 ユウヤが肩をすくめて笑うと、少女の瞳に涙が浮かんだ。堰を切ったように、ぽろぽろと大粒の涙が頬を伝う。

「……うん。ありがと……! 料理とか、覚えるっ。色々と手伝うっ!」

 少女は、震える声で、けれど精一杯の感謝を伝えた。その姿は、どこか晴れやかで、ほんの少しだけ強くなったように見えた。

(まずは……臭いをどうにかしたいな。ネコだから水が苦手とか、そういうのか? でも、他の子はちゃんと綺麗にしてたし、そんなに匂わなかったけど……)

 ユウヤは、少女の体からほのかに漂う独特の匂いに気づき、内心で首をひねった。決して嫌悪ではない。ただ、彼女がこれから人と関わっていくうえで、少しでも快適に過ごせるようにしてやりたかった。

「ちょっと魔法をかけるけど、いいか?」

 ユウヤが穏やかな声で尋ねると、少女はびくりと肩を震わせた。大きな瞳が潤み、怯えたようにユウヤを見つめる。その小さな体が、ほんの少し後ずさった。

「え……? な、何するの……? 痛いのは、いやぁ……!」

 その声には、過去の恐怖が滲んでいた。ユウヤはすぐに両手を見せて、ゆっくりと首を振った。

「大丈夫。ただ体を綺麗にするだけの魔法だから痛くないし、怖くもない。すぐ終わるからな」

 できるだけ優しく、安心させるように言葉を選ぶ。少女はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。

「……うん。わかったぁ……いいよ」

 その声はかすかに震えていたけれど、そこにはユウヤを信じようとする意志があった。

 少女は、恐る恐る頷いた。ユウヤはそっと手を翳し、銀髪のネコ耳少女に向けて魔力を流す。

「いくぞ。ちょっとくすぐったいかもな」

 そう言って、洗浄魔法を発動させると、少女の体をふわりと温かな湯の膜が包み込んだ。魔法の水は肌に触れることなく、空気のように柔らかく、しかし確実に汚れを分解していく。髪の毛の奥まで浸透し、埃や汗、こびりついた匂いまでも丁寧に洗い流していった。

 続けて風魔法が発動し、優しい風が少女の体を撫でるように乾かしていく。まるで春の陽だまりの中にいるような心地よさだった。仕上げに、仄かに甘い香りがふわりと漂い、空気が一気に清らかになる。

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